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710年平城京に遷都されるまで、701年に遷都された藤原京(奈良県橿原市)では、初めて大宝律令が制定され国家というものが誕生しました。この辺り一帯をそれまでの飛鳥時代と合わせて「飛鳥藤原」と呼び、現在世界遺産登録申請中となっています。省内には雅楽寮が正式に導入されました。わずか4代で滅亡した蘇我氏の邸宅跡地が残る甘樫丘の頂上からは、万葉集でも詠まれた大和三山ほか奈良平野が一望できます。万葉集だけではなく、古事記・日本書紀も併せて読み進めると当時の人たちの考えに想いを馳せることができるかもしれません。
この時代よりもずっと昔から受け継がれてきた伝承や物語がそこには詰まっています。神武が八咫烏に先導されてこの地にたどり着いた大和神話は有名です。橿原神宮には初代神武天皇寮があり、八咫烏がトレードマークになっています。その文化の担い手として久米の子が共に活躍したとされていますが、演じた米作りの歌舞は久米舞とも呼ばれ、今では天皇のニヒナメ祭・即位式に欠くことのできない儀礼となっています。そしてこの橿原神宮があるのも久米町です。天照大神から神武まで八百万の神々の名称は稲作の意であり、現代の私たちが忘れかけている根幹が今でもここに息づいているのです。
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